第弐拾四話「今輝ける一瞬の刻(とき)」
「潤、体調はどうだ?」
あの戦闘後、明けた翌日の放課後、私は学校近くの病院に収容された潤の見舞いに名雪と香里共に訪れた。
「ああ。痛みはだいぶ和らいだが、まだ調子良くは動かせないな…」
「そうか…」
「全く、3階から飛び降りてライダーキックの真似だなんて、イマドキ小学生でもやらないわよ」
と呆れ顔で潤を見る香里。真実は無論そうではないのだが、極秘事項であるそれを話す訳にはいかないので、香里達には潤が仮面ライダーごっこをして怪我をしたと伝えてある。
「とにかく元気で良かったよ。それじゃ、私達はそろそろ行くね」
「あっ、名雪。俺はちょっと潤と個人的な話があるから先に行っててくれ」
「うん、分かったよ」
そうして名雪と香里は病室から出て行った。
「祐一〜、見舞いに来るのはいいとして、もう少しまともな理由は浮かばなかったのか〜?」
「そうか?香里も呆れていた事だし充分まともな理由だったと思うぞ」
「うぐっ…、俺は仮面ライダーごっこをして楽しんでいるような男に見られているのか…。まあ、それはいいとして、お前もあれだけ戦った割には随分とピンピンしているな?」
「ああ、実は……」
私は潤が過ぎ去った後の一連の出来事を話した。魔物が舞が解き放った力の集合体であるという事、そして私がその力を受継いだ事…。
「…成程…。しかしそれが真実であったなら、以前俺が倒したのは……?」
「恐らく魔物が咄嗟に力の一部分を切り離して倒させたんだろう」
「してやられたという事か…。それで祐一、お前はその力を何に使うつもりだ?」
「今の所は應援團に入団しようかと思っている。この力は失われた蝦夷の力に酷似しているって言うし、何より自分自身をもっと高めていきたい…」
「そうか、それもいいだろう。だが、一つだけ言っておく。その力は蝦夷の力に酷似しているがそれ自体ではないんだろ?だったら、もしその力が必要とされた時は應援團なんかに縛られずに、自分の使いたいように使うんだ」
「ああ、心に止めておくよ。じゃあな」
潤に挨拶をし、私は病室を後にした。
「あっ、祐一さんこんにちは」
病院を出ようとした矢先、後から栞の声が聞こえたので私は咄嗟に後を振り返った。
「栞ちゃん、どうしてこんな所に?」
「今日は定期診断の日だったのです」
笑顔で答える栞。だが、その笑顔と裏腹に栞の纏う気は心なしか、普通の人間より微弱である。病気なので弱いのは当然かもしれないが、この正に風前の灯ともいえる気は病人というよりは死を間近に控えた人間である。
「栞ちゃん、体の方は大丈夫なのか?この前より体の調子が悪いように感じるんだが…」
「だ、大丈夫です…。最近は病院に定期的に通う生活ですから、入院していた時よりは体調が優れています…」
「そうか…ま、本人がそう言うのなら別に構わないが……」
「話は変わりますが、祐一さん、これからお暇でしょうか?」
「えっ!?ああ、特に予定はないけど…」
「もし宜しければこれから私と…え、えっと…、で…デートして頂けないでしょうか……?」
「デートか…、別に構わないぜ」
顔を赤らめ、恥ずかしさを堪えながら必死に私をデートに誘う栞。その健気な動作に私は即座に承諾した。
「それで、デートするのはいいとして、何処に行くんだ?」
「あっ、行く場所までは考えていませんでした…。とりあえず駅前の商店街にでも行きましょう」
「ああ」
「おっ、誰かと思えばあゆじゃないか!」
駅前の商店街に繰り出すと、あゆの姿を見掛けたので声を掛けた。
「あっ、祐一君に、それとキミは確か前公園で会った…」
「栞です。お久し振りですあゆさん」
「こちらこそさしぶりだね、栞ちゃん。ところで二人はデート?」
「お前は食い逃げか?」
「うぐぅ〜、ちがうよ〜」
「それよりも俺達はデートしている恋人に見えるのか?」
「う〜ん、恋人同士のデートっていうよりは、仲のいい兄妹のデートっていう感じかな?」
「だ、そうですお兄ちゃん!」
恋人同士に見られなくて残念がると思いきや、以外に栞は好反応だった。私の腕にピタリと抱きついて無邪気に微笑む栞は本当に妹のような感じがした。
「あっ、あゆさん良かったらあゆさんも一緒に何処かに行きませんか?」
「えっ、ボクがついて行ってもいいの?」
「ええ。是非」
「いいのか栞ちゃん?だって栞ちゃんは…」
「人数が多い方が楽しいですから」
デートなのにあゆが一緒でもいいのか?そう聞く前に栞は歩き出し、私とあゆを先導した。
(ま、本人がいいって言っているんだから、別に構わないか…)
そう思い、私も素直に後に続いた。
「祐一さん、ここに入りませんか?私ゲームセンターに入ったことないので」
そう言い栞が指差したのは喫茶店の下にある例のゲーセンだった。
「ゲーセンか。俺は構わないが、あゆは?」
「うんかまわないよ、ボクもあんまり入ったことないし」
「祐一さん、これ一緒にやりません?」
ゲーセンに入り栞が開口一番遊びたいと言ったゲームは格ゲーだった。
「格ゲーか、いいぜ。だけど俺は結構腕が立つぞ?」
「心得ておきます。では始めましょう」
両者コインを入れ、ゲームがスタートする。
「勝ちました〜」
「馬鹿な…黄金聖闘士(ゴールドセイント)が青銅聖闘士(ブロンズセイント)如きにこうもあっさりと…」
開始直後、私は栞の連続コンボに成す術なく敢え無く撃沈する。
「もう一回だ栞ちゃん!」
「構わないですよ」
年下の、しかも女の子に負けたとあっては末代までの恥。そう思い私は再戦を願い出た。
「またまた勝ちました〜」
「ヤック・デカルチャー!!」
今度は連続コンボを食らわないようにと構えていたら、ハメ技にハマリ、身動き出来ないまま轟沈した。
「栞ちゃん、ゲーセン入ったことないんだろ?どうしてこんなに強いんだ?」
「入院していた時、体調が良かった時は合間を練って格ゲーを含むアクションゲームをやり込んでいたのです。ですから体が大体のコツを掴んでいるのです」
「成程…。ところであゆは?」
「ア〜ハッハッハッハ…、我が大日本帝國が誇る局地戦闘機震電に米英如きがぁ〜〜……」
何処にいるか探そうと思ったが、例の怖い声が聞こえてきたので止める事にした。今声を掛けたら間違いなく殺されるだろう……。
「撃墜…!?ええいっ、覚えておれ米軍めぇ〜、我が大和魂は無敵!!この借りは必ず……」
「あゆ、帰るぞ……」
「うぐぅ〜引っ張らないでよ〜、まだ友軍の仇討ちが〜」
ゲームオーバーになったのを見計らって、私はあゆを無理矢理引っ張りながらゲーセンを後にした。
「あっ、もうこんな時間…。じゃあね、祐一君、栞ちゃん」
外に出て時計を見渡すと時間は6時を指し、辺りは闇が支配していた。
「じゃあな、あゆ。もう夜は怖くないだろ〜」
「うんっ、祐一君のおかげでもう平気だよ〜」
一瞬こちらを向き微笑んだ後、あゆは再び背中の羽をパタパタ揺らしながら私達の元から立ち去った。
「祐一さん、私達もそろそろ行きましょうか?」
「ああ、もう辺りは真っ暗だしな……」
そして私達も帰路に就く。
「栞ちゃん、どうしてあゆを誘ったんだ。デートしようって言ったのは栞ちゃんの方だろ?それなのにどうして…」
帰路にたっていた途中、私は気になっていた事を再び問いただした。
「そうですね…相手があゆさんだったからです」
「相手があゆだったから…?」
「だってあゆさんと祐一さんは恋人同士でしょう?」
「バ、馬鹿ッ…、俺とあゆはそんな関係じゃ……」
「以前自分は女の子を呼び捨てにするのは苦手だとおっしゃっていましたよね?」
「ああ、言ってたけどでもそれで何で俺とあゆが恋人っていう論法は成り立たないぞ!それに俺が呼び捨てにしているのはあゆだけじゃなくて、例えば舞とか…」
「祐一さんの舞先輩に対する呼び捨てには後ろめたさがあった気がします。本心では佐祐理先輩のようにさん付けで呼びたいと思っていたのでは?」
図星を突かれ、私には返答する言葉が見当たらない。
「祐一さんって、何処か女性に遠慮めいた所があります。でもあゆさんに対する態度は他の女性と違いました。第三者から見れば仲が悪いように見えるかもしれませんが、少なくとも私には旧知の仲から恋人同士へと成長していった間柄に見えました」
「ま、まあ、旧知の仲だというのは当たっているけど、でも俺達が旧知の仲だからって誘う動機にはならないだろう」
「いいんですよ。私にとって祐一さん達が仲良くしているのは何より嬉しい事なのです。二人のほほえましい光景を見ているだけで、ああ、私もいつかこんな恋をしてみたいと思えます…。でも、二人がそんな関係だと分かっていても私は祐一さんに惹かれてしまいます…。ですから今日デートに誘ったのです。そして、祐一さんがあゆさんを見つけ冗談交じりの会話をしている時、改めてやっぱり私にはかなわないな〜、と思いました。それでその時思ったのです、恋人になれないならせめて祐一さんと仲の良い兄妹みたいな関係でありたいと……」
「それであゆに兄妹みたいだったと言われた時、あんなに喜んだのか…」
「ええ…。祐一さん、実はもう一つ寄りたい所があるのですが宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないぞ……」
そう言われ栞に誘われたのは私達が始めて出会ったあの公園だった。
「この先に私のお気に入りの場所があるのです」
栞に手招きされ、公園の更に奥に進む。
「着きました、ここです」
公園の奥、野球場や体育館に囲まれた所に位置する噴水。そこが栞のお気に入りの場所だという。
「今は冬場で水の流れが止まっていますが、ここの噴水はとっても綺麗なんです」
自分がこの噴水をどれだけ気に入っているのかを話しながら栞は私を噴水台の前へと誘った。
「確かにいい場所だな。春になれば噴出す噴水を見れるようになるんだな?」
「ええ。でも、私はもう見れないでしょう…」
「…そうか…」
「驚かないのですか?」
「感覚だけど今日会った時から分かっていた、栞ちゃんの体が以前より著しく弱まっている事が…。栞ちゃん、俺の事を本当に兄として慕ってくれるなら訊かせてくれないか、栞ちゃんが抱えている苦しみを」
「分かりました…。以前私は風邪をひいていると言っていましたがあれは嘘です…。本当はもっと重い症状……」
「その症状は?」
「私、侵されているんです、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌というウィルスに……」
「バ……」
その名を聞いて私は驚愕した。MRSAを超えるブドウ球菌、いつかは現われると思っていたが、まさか栞が感染していたとは……。
「でも、ブドウ球菌って確か空気感染する筈だろ?何で外出出来るんだ!?」
「医者から言われました…、その新種のブドウ球菌はMRSAが本来持っている空気感染能力を捨ててまでもヒトが作り出した抗生剤に打ち勝とうとした結果だと……。だから今の所空気感染する心配はありません」
「そうか…。でもバンコマイシンに耐性を持っているという事は…」
「ええ…。現在それに対抗する抗生剤は存在しない…。つまり私はどうあがいても助からないという事です」
「……」
「祐一さん、覚えていますよね?私が初めて祐一さんと会った時の事…」
「ああ、もちろん覚えているよ…」
「あの時私死のうと思っていたのです」
「えっ!?」
栞は言った。自分は生れ付き体が弱く、入退院の繰り返しの日々を送ってた。そんなある時、入院中にMRSAが院内感染したのだと。MRSAは健康な人にはあまり害はないが、体の弱かった栞には脅威と呼べるものであった。MRSAに対抗できる抗生剤は只一つ、バンコマイシンだけなのだが、これは副作用が伴う事があり容易には使用の許可がおりない抗生剤であるという。
「…家族は反対しました。私にそんなリスクの大きい抗生剤を投与して欲しくないと…。でも私はこれでMRSAを取り除く事が出来るなら私は構わないと……。感染症と副作用の恐怖に挟まれた辛い日々が続きました…。そしてようやくMRSAを完全に取り除けると思った矢先に……」
「進化を遂げ、無敵のウィルスになったという事か…」
「ええ…。そして治らない病を引きずったままの絶望の日々が続きました。そんな中、治る可能性がないのならせめて本人の好きなままにしてあげようと退院の許可がおり、束の間の自由を得る事が出来たのがせめての救いだったのかもしれません…。そんな日々が続いていたある日、家族の態度が急変しました。訳を聞いた所、医者から私は次の誕生日まで生きられないと宣告されたとの事でした……」
「次の誕生日、それはいつなんだ…?」
「2月の1日です…」
「何だって…、あとたったの数日じゃないか…」
「いつかはその日が来るのは分かっていました…。でも、誕生日という自分にとって最良の日まで生きられないと聞き、私は錯乱して家を飛び出しました…。いつもは今の時期になると誕生日が来るのを楽しみにしていたのに…、年を取る事で確実に生き長らえる事が出来たと実感出来ていたのに…、その期間が死のカウントダウンになってしまうなんて…。私はその苦しみに耐えられませんでした。そんな死という絶望に満ちた刻を過ごす事ならいっその事今の内に死んでしまおうと……」
栞は更に話を続ける。今の自分の体力ならこの寒さに抱かれて死ねるだろう、そしてどうせ死ぬなら自分の大好きなこの公園の噴水場で死のうと決心した。そして念を入れる為、アルコールと少量の睡眠薬を購入する事を思い立ったと…。
「そしてこれで準備は整った、後は夜を待つだけだ、そんな思いを秘め公園に戻った…、そんな時でした…祐一さんとあゆさんに出会ったのは……」
「アルコールと睡眠薬…、だからあの時袋の中身に触れられる事に動揺していたのか…」
「ええ…。そして二人の無邪気な喧騒を見ていると心の中でこんな声が聞こえてきました…、嗚呼、この人達はこんなに楽しく生きているのに自分は何をしているのだろう…と…。そう思うと私は居たたまれなくなって自分の名も名乗らず急いでその場を後にしました…。私は泣きながら無我夢中に走りだしました…、二人の楽しい姿を思い浮かべると、死のうとしている自分があまりに情けなく死ぬ決意は揺るぎました…。そして泣きに泣き止みながら心の中から、自分もこの人達のように楽しく生きてみたいという声が聞こえてきました…。その気持ちは徐々に高まりいつしか残された限り無い刻を楽しく精一杯生きようという気持ちに変わりました……。ありがとうございます、もし祐一さん達に出会わなければ私は自ら命を絶っていました…。そしてその後も兄のように私を慕ってくれた祐一さんに何よりこの気持ちを伝えたくてここに案内したのです…」
「栞…」
「祐一さん…」
私は徐に栞に抱き付いた。死を見つめ、そして死を拒絶しようとせず真っ直ぐ見つめる事を悟ったこの幼き少女が何よりせつなくいとおしく感じた…。
「温かいですね…、祐一さんの胸…。舞先輩や佐祐理先輩が祐一さんを慕っているのが良く理解出来ます…。祐一さんに惹かれる女性は皆この温かみを求めて祐一さんを慕うのですね……。そして、この温かみを全て受け止められる事が許されるあゆさんが何より羨ましいです…。祐一さん、一つだけお願いがあります…、これから死ぬまでの一生の間、今までのように私の兄で居てくれませんか……?」
「ああ…。それで栞の残りの刻を満たせるなら、私は栞の兄で居続ける…」
「ありがとうございます…、祐一お兄様……」
(しかし、本当にこれでいいのか…?)
栞と別れた後、私は悩み続ける。まだ16に満たない少女が死を覚悟して生きる姿は心が絞め付けられ痛々しい。
(私のこの力を使えばもしかしたら…、しかし……)
そう―、私が舞から授かったこの力、これを使えばもしかしたら―。しかし、傷を治すのとは次元が違う、ウィルスを殲滅するのである。果たしてこの力でそんな事が可能なのだろうか…?
(あれっ…、あれは……)
悩みに悩んで歩いていると、気が付いた時には私の足は潤の入院している病院に辿り着いていた。心の何処かで友である潤に苦悩を打ち明けたかったからなのだろうか、ともかく私は病院の中に入ろうとした。すると、入り口付近で潤と香里の姿を見掛け、私はその光景を二人の視線から離れた所で見守る事にした。
「…すまわいわね、こんな時間に呼び出して……」
「別に気にしてないぜ。それよりも俺に相談したいって事を早く話してくれ」
「潤君、突然だけど、貴方がこの頃昼休み時々会っている女の子、あの子は…」
「香里の妹なんだろ?」
潤の口から発せられる言葉、うすうすは感じていたが、やはりそうだったのか…。
「知っていたのね…」
「應援團の情報網を甘く見るなよ。苗字が気になったんでひょっとしたらと思って副團に頼んで調べてもらったんだ」
「そう、ならあの子が病気で長期休学中だったのも知っているわね…」
「ああ。まあ、何の病気までかは知らないけどな…」
「今月の頭に医者から宣告されたの、貴方の妹さんは次の誕生日まで生きられないと…。私はその言葉の重みに耐えられなくなって次第に妹を避けるようになって行った…、こんな苦しみを味わうなら初めから妹なんて居なかった方がいいと…。そしたら妹が訊いてきた…、どうして私を避けるんだと…。話したくなかった…、でも妹があまりにしつこく話し掛けてくるから私はつい口を滑らせてしまった…。そしたら妹は我を忘れて家を飛び出した…、その時妹はもう家に戻って来ないと悟ったわ…。だけど、これで苦しみから解放されるのだこれで良かったんだと思った…。酷い姉でしょう……。でも、妹は戻って来た…そしてその目には死を悟った形相が表れていた…。私はその妹の目を見て余計に耐えられなくなった…、自分より生きていない未だ16に満たない妹の死を覚悟した目なんて見たくなかった…。…ねえ潤君、あの子何の為に生まれて来たの…?」
「決まっているだろ…。生きて死ぬ為だ…。生きとし生きる者はいつかは死ぬんだ…、いま香里に必要なのは逃げずに真っ直ぐと妹と向き合う事じゃないか…?」
潤の胸元に泣き崩れる香里。それに対しての潤の回答は盛者必衰の非情なる無常の精神を根底としているものの、何処か優しくなだめるような口調であった。
「…強いわね潤君は…。私はそんなに強くなれないわ……。でも、潤君に相談したお陰で少しだけ前に進めるような気がする……。ここに来て良かったわ…。じゃ、早く体を直してね、学校で会えるの楽しみにしているわ」
「ああ…。…祐一隠れないで出て来い」
香里が過ぎ去るタイミングを見計い、潤が私に話し掛けてきた。
「流石は潤だな、俺の気配に気付いたか。どうも出難かったんでな…」
「…なあ祐一、力って何の為にあるんだ…?」
「えっ!?」
そう言い出すと潤はいきなり近くにあった岩を砕き出した。
「…何が日本民族が繁栄し続ける希望の為に継承し続ける力だ!岩を砕く事は出来ても、今に生きる人間を救う事が出来ないような力に何の意味があるんだ!!…祐一、強制はしない、だが、お前の力は應援團の為なんかじゃなく、今に生きる人を救う為に使って欲しい…。これは俺の希望だ……」
(結局生きるって何なんだろうな…)
家に帰り床に就きながら私は暫し「生きる」という事を考えるのに思考を展開する。
生きて死ぬ為に生きる…、これはある意味正論である。そもそも世の中は生と死の循環で成り立っているようなものだ。死は生を得る為の糧、生きる者は他者を摂取する事により生を得ているのだ。つまり何者かを犠牲にしない限り、少なくとも高等生物は生き長らえる事は不可能である。
(この循環を繰り返せば、大局的な視野での生はある意味永遠だ…。だが、その循環を繰り返した先には…)
そう―、それを繰り返した先に待ち受けているもの…、それは地球の終焉という確実なる生命活動の終末、絶対的な死―。
(結局生命活動を繰り返した所でその先に待っているのは無。とすると、生きるというのは…、駄目だ、これじゃあ何の解決にもならない……)
先にあるものは約束された無―、つまり生命活動には何の意味もないという論証になる。それは色即是空、空即是色の世、全ては空であり、そして空こそが全てなのだという論理に繋がる…。
「兄様、なぁに悩んでいるのかな〜?」
「ま、真琴…わっ!」
いきなり眼前に真琴の姿が見えたかと思うと、真琴はいきなり私の顔に胸を押し付けて来た。
「わっ、真琴よせっ!」
「いいじゃない、私と兄様の関係なんだから〜」
「とにかく離れろ!」
そう言いながら私は真琴から力づくで離れようとする。
「無理矢理離れようとすると胴体が真っ二つに割れるわよぅ〜」
そう言われ、私は抵抗を静める。言っている事が真実なだけに言われた通りにするのが無難である。恐るべし、人類最強……。
「…全く、一体何の用だ?」
真琴の胸にうずくまりながら私は真琴に話し掛ける。
「部屋の中を覗いていたら兄様が難しそうな顔をしていたから介抱してあげたのよ。どう、少しは頭がやわらいだ?」
そう言い終え、真琴は私を自分の胸元から引き離した。
「ん?ああ、少しはな…」
「あんまり深く考える必要ないわよ。思考するのは人間だけなんだから」
「あっ…」
「じゃあね、お休み兄様」
そう言い、真琴は私の部屋を後にした。
(そうだな…何故生きるのか?そんな事を考える生命体は人間位か…。他の生命体はそんな事思考せずに日々生きる事だけを考えて生きている…。たとえ今日死ぬと分かっていても明日を生きる事を夢見て……)
何の為に生まれて来たのか?それは生まれて死ぬまでの間、それこそ軌跡を描いて輝き消える流星の如く儚き一瞬の刻…、その一瞬の刻を流星の如く光り輝く為…。今輝ける一瞬の刻を精一杯輝く事―、それが生きるという事なのだろう……。
…第弐拾四話完
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